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仙台高等裁判所 平成2年(ネ)514号 判決 1992年1月28日

控訴人

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

今泉秀和

齊藤信一

被控訴人

吉田弘志

右訴訟代理人弁護士

渡辺正之

広田次男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  違法性及び過失の不存在

(一)  国家賠償法一条一項にいう「違法性」とは公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいい(最高裁昭和六〇年一一月二一日判決民集三九巻七号一五一五頁)、同項にいう「過失」とは結果回避のための行為義務を尽くさないことである(最高裁昭和五八年一〇月二〇日判決民集三七巻八号一一四八頁)。

(二)  原判決は、「本件のように競売の目的が建物である場合において、建物所有者とその敷地所有者が異なるときには、当該建物が敷地利用権を有するか否かは極めて重要な意義を有する」として、双方からの事情聴取を原則的に義務付け、「建物所有者からの事情聴取のみによっても合理的な疑問を抱かない程に事実関係が明らかになったとか、敷地所有者から事情聴取することが著しく困難であるなどの特段の事情がない限りは」敷地所有者に対する事実確認を省略することは許されないとして、敷地所有者からの事情聴取を執行官としての法的義務と判示している。

(三)  確かに、民事執行法五七条による現況調査は、最低売却価格を適正に決定するため、競売不動産の現状と権利関係を把握するものであり、その調査結果は買受けの申出をしようとするものの判断資料ともなるものであるから、現況調査を命ぜられた執行官としては、必要な資料を収集して検討し、現地調査を行い、債務者(所有者)、債権者及び隣地所有者らに質問するなどして、可能な限り正確に競売不動産の現況を把握するように努めるべきであることはいうまでもない。しかしながら、執行官が個々の事件の現況調査に当たって具体的にどのような調査の方法、手段により、どの程度までの資料を収集すべきかということについては、一般的な基準は存在せず、それぞれの事案ごとにその事案の個別的な事情に応じて、採るべき調査の方法、手段、程度は一律ではないというべきであり、当該事案において、どのような手段、方法により、どの程度までの調査をして判断すべきかということは、基本的には具体的事案に応じた執行官の合理的な判断に委ねられていると解すべきである。したがって、執行官の行った現況調査における調査、判断が執行官としての職務上の法的義務に違背したものといいうるか否かは、その執行官の調査、判断が執行官に許された合理的な裁量の範囲を逸脱したといえるか否かにかかるというべきである(東京地裁昭和五八年一二月一三日判決判例時報一一〇九号一一一頁、高知地裁昭和六一年六月二三日判決判例タイムズ六一八号一〇七頁、千葉地裁平成二年六月二七日判決判例タイムズ七三三号六三頁参照)。

(四)  ところで、強制競売もその本質は私法上の売買であるとするのが通説であり、その売買の売主は債務者であるとするのが多数説であるが、執行機関が売主であるとする有力説に従ったとしても、実質的な売主は債務者であるから、強制競売において、執行裁判所は、売主ないし実質上の売主に代わって競売に付するのである。しかるに、執行裁判所には物件についての正確な情報がないことから、補助機関である執行官に命じて物件の現況調査をさせるのであるが、その現況調査においては、真の売主である債務者に当たって調査することがその性質上特に重要であるということができる。しかして、執行官が本件のように債務者に面接して調査し、その者から目的建物の敷地利用権がある旨の説明を受け、しかもその説明の内容にも合理性があり、その信用性を格別疑うべき事情が認められないような場合においては、執行官の敷地利用権に関する調査としてはそれで十分であって、更に進んで敷地所有者に面接して調査するまでの必要はないと判断したとしても、右のような強制競売の本質にかんがみれば、その判断が裁量の範囲を超えた不合理なもので不当であるということはできない。

(五)  したがって、原判決が本件のような場合における現況調査について、執行官に対し、前記のとおり建物所有者と土地所有者の双方からの事情聴取を義務付けた上、建物所有者からの事情聴取のみによっても合理的な疑いを抱かせないほどに事実関係が明らかになったとか、敷地所有者から事情聴取することが著しく困難であるなどの特段の事情がない限りは、敷地所有者に対する事実確認を省略することは許されないとしたことは、執行官の裁量に委ねるべき事柄について執行官に過大な義務を課したもので、失当であるというべきである。

(六)  本件において、西舘執行官は、目的建物の所在地に臨場し、敷地の占有権限について、債務者(建物所有者)である鈴木幸太郎から直接事情を聴取し、更に土地所有者である新妻アキ子からも直接事情を聴取しようとして果たせなかったが、それ以上強いて同女と面接するまでもないと考え、債務者との面談の状況からして、債務者と同女との間に敷地の賃貸借契約が存在し、債務者は敷地の賃借権を有しているものと判断し、現況調査報告書にその旨の記載をしたものであるが、同執行官がこのように債務者が賃借権を有すると判断するについて新妻と強いて面接するまでもないと考えたのは、①新妻と債務者とは姉弟の関係であり、債務者が契約書こそないものの実の姉から間違いなく借りている旨述べていたこと、②同執行官としては当事者が親族関係にある場合の敷地賃貸借では、契約書が作成されていない例が多いため、本件では契約書がない旨の債務者の話を特別奇異には感じなかったこと、③債務者が、賃料は昭和六二年九月から滞っている旨述べてはいたものの、この種事件では、賃料滞納の例は多く見られ、七か月程度の滞納では契約解除をしていない事例も多い上、本件では地主とは姉弟の関係で、地続きの表と裏に居住している状況にあり、債務者は姉から賃料の催促はない旨述べていて、姉弟の関係に特別不自然な点は感じられず、同執行官が依頼したところ、債務者は特別渋るふうでもなく新妻を呼びに立ったことなどからして、債務者の陳述は信用できるものであり、その陳述のとおり賃借権が存在することは間違いないと考え、迅速性が要求される現況調査報告のための調査としては既に行った調査で十分であると考えたことによるものであり、同執行官がこのように債務者の陳述を信用し得るものと判断した右①ないし③の理由はいずれも合理的で首肯し得るものである。そして、以上のような状況の下においては、執行官として新妻と債務者との間柄が通常の姉弟関係の状況とは異なる不自然なものであることを疑うべき理由は全くないのみならず、賃借権の存在について債務者が虚偽の陳述をしている可能性を疑うべき理由も存在しなかったというべきである。

加えて、現況調査も、とりわけ迅速性の要求の強い執行手続の一環であることを考えれば、西舘執行官が債務者との面接の際果たせなかった新妻との面談を改めて試みるまでもなく、債務者の陳述に依拠して敷地賃借権の存在を認定したことは、執行官に委ねられた調査の手段、方法及び程度についての合理的な裁量の範囲を超えるものではないことが明らかである。

2  損害との因果関係の不存在

(一)  本件において、仮に西舘執行官のした処理に違法性及び過失があるとしても、被控訴人主張の損害は、強制競売事件の買受人たる被控訴人が、本件競落に際し、買受建物の敷地利用権の有無を調査、確認すべき義務を尽くさなかったことに基づくものであり、原判決の指摘する西舘執行官の行為と被控訴人の損害との間には因果関係は存在しない。

(二)  すなわち、現況調査は、種々の制度的、実際的制約の下でなされるものであり、その内容の正確性にも限界があることから、執行手続においては物件の調査の過程と結果を克明に記載した現行調査報告書等を一般の閲覧に供し、買受人の注意を喚起することによって執行手続の過誤を極力防止するとともに、執行手続で問題が生じたときは、その手続内で不服申立てができるようにし、これによりできるだけ救済を図り得るように制度が整えられているのである。それゆえにこそ、原判決認定のとおり、各裁判所の窓口などには、裁判所が備え置いた物件明細書、現況調査報告書、評価書はあくまでも参考資料に過ぎないので、買受申出をしようとする者において自ら当該不動産の調査をすることが重要である旨が記載された最高裁判所作成の「競売不動産買受けの手引」(<書証番号略>)が用意されていて、買受人の注意を促しているのである。したがって、買受人としては、物件明細書、現況調査報告書等裁判所が参考資料として備え付けて閲覧に供している資料のみに全面的に依拠し、自ら調査も行わずに買受けの申出をするというような安易な態度でなく、これらの参考資料を手掛かりとして、自らの責任において物件の調査を行い、自己の判断に基づいて買受けの申出をすべきことが当然求められているのであり、本件のように競売建物についての敷地利用権の存否が重要な意味を持つ場合には、当然自らの責任においてその点の調査を尽くすべきことが要求されているというべきである(大阪高裁平成三年二月二七日判決<書証番号略>、東京地裁昭和五八年一二月一三日判決判例時報一一〇九号一一一頁等参照)。

(三)  ところで、本件において、被控訴人は、原判決認定のように、代金納付前に本件建物の敷地の賃借権の存続に重大な疑問を呈する事実を自ら把握していたのであるから、代金納付期限までに更に調査、確認をすることによって、本件建物の敷地の賃借権が消滅していることを了知してその主張の損害の発生を回避することは十分可能であったのに、当然なすべき調査、確認をしないまま代金を納付し本件建物を買い受けたのであるから、執行官の現況調査報告書の記載を信じて買い受けたということはできず、むしろ自らの判断に基づいて買い受けたものと考えるべきであって、本件建物の敷地利用権の存否についての判断を誤ったことは被控訴人自身の責めに帰すべきものであり、仮に執行官に過失があったとしても、これを非難するだけの基盤を欠くというべきである。すなわち本件の事実関係によれば、少なくとも被控訴人主張の損害は、強制競売事件における買受人たる被控訴人が、本件競落に際し、買受建物の敷地利用権の有無を調査確認すべき義務を尽さなかったことに基づくものであり、西舘執行官の行為と被控訴人の損害との間には因果関係が存しないことが明らかである。

二  被控訴人の反論

1  違法性及び過失について

(一)  控訴人は、現況調査活動について執行官に広い裁量権を認めるべきであるとし、現実に日々実行されている現況調査活動も何らの基準もなく無原則的に行われているかのように主張している。

しかしながら、本件の事案のような場合、敷地所有者との面接又は面接に代わるべき手紙、電話等による事情聴取は、現況調査に不可欠のものとして実践され、かつ、この課題を如何にして正確になし遂げるかということに、個々の執行官の創意工夫の努力が傾けられているのが実務の通常の運用であり、最高裁判所事務総局発行の「執行官雑誌」(<書証番号略>)や日本執行官連盟発行の「民事執行実務」(<書証番号略>)などによって、それが執行官の実務の指針とされ、全国の執行官に周知徹底されている。

控訴人引用の判決は、明らかに本件とは事案を異にし、適切でない。

(二)  そもそも民事執行法は、競売参加者の幅を広げて競売手続の適正化を図るため、競売参加者に対して、物件の現況、権利関係を明らかにすることが必要であることから、執行官等の調査権限を拡大強化している。このように、執行官に大幅な調査権限を付与しながら、現況調査について事実上その過失を認めないに等しいような解釈論は、社会的な要請にそぐわないというべきである。

(三)  また通常の売買においては、殆どの場合宅地建物取引業者が介在しているが、この宅建業者は売主でないことから、物件の状況を知らないために、自ら現地に赴いて売主や賃貸借当事者等の関係人から説明を受け、登記簿謄本や公図を取り寄せる等して当該物件の現況や権利関係、公法上の各種制限の有無を把握し、その結果を「重要事項説明書」に記載して売買当事者に提供している。この点競売における現況調査と基本的な違いはないが、宅建業者に対しては、その調査義務について高度の善管注意義務が課せられていて、宅建業者が依頼者自身の過失を問題として過失相殺を主張しても、過失相殺を認めた裁判例は殆どないといわれている。

執行官は専門性においては宅建業者を凌いでおり、またその職務執行の公正さに対する社会的信頼については比較にならないほど執行官に対するものが上回っているのであるから、右宅建業者との比較で考えれば、執行官に対してその注意義務を加重する方向に働くものこそあれ、これを軽減する事由は存しないというほかはない。

2  因果関係について

(一)  控訴人は、被控訴人主張の損害は、買受人たる被控訴人が、競落に際し買受建物の敷地利用権の有無を調査、確認すべき義務を尽くさなかったことに基づくものであるから因果関係は存在しないと主張するが、競落に当たって、執行裁判所は、その手続の主宰者として通常の売買における宅建業者と同種の役割を果しているのであるから、買受人は、「重要事項説明書」と同様のものであるところの裁判所に備えられる関係書類を十分精査するのは当然であり、また通常の売買と同様、現地に赴いて物件を直接見聞することも必要であろうが、更に進んで、現況調査報告書、物件明細書等があるのに、そこに記載された事実の全てについて、その存否を疑って一から十まで調査することを求めることは相当でない。通常の売買において、「重要事項説明書」に対してさえそのような調査が買主自身によってなされないことは明白であるし、買受人に対しそこまでの調査を求めるとしたならば、物件明細書等に対する国民の信頼を国自身が根本から否定するということになり、競売の迅速化に反するのはもとより、素人の参加等による競売の適正化という法の目的も崩されることになろう。

なお控訴人の引用の判決も明らかに本件と事案を異にし牽強付会のそしりを免れない。例えば、東京地裁昭和五八年一二月一三日判決も買受人が競売記録自体も調査しなかった事案に関するものであり、本件とは質的な違いがある。

(二)  ところで、控訴人は被控訴人の入札前後の行動を論難し、執行官の行為と損害との間に因果関係は存在しないと主張する。

しかしながら、そもそも被控訴人本人の「お盆前に新妻側から弁護士に任せてあるといわれた」との供述は記憶違いないし誘導尋問による誤った供述であって、常識的に考えれば、新妻側から弁護士云々の話が出されたのが被控訴人の代金納付後であったことは容易に推認できる。したがって、右供述を採用した原判決の認定は経験則に反するものというべきであって、右の点を取り上げて因果関係を否定したり、過失相殺の理由とするのは誤りである。

理由

当裁判所も原判決認容の限度で被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断するが、その理由は次のとおり付加訂正するほかは原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏三行目の「同年」を「昭和六三年」と改める。

2  同七枚目表四行目の「いること」の次に「、しかし賃料支払の催告はないこと」を、同五行目の「同執行官は」の次に「事前に住宅地図で調査したり新妻アキ子名義の電話番号を電話帳で探したりしても判明しなかった」を、同六行目の「答えたので、」の次に「不動産登記簿上本件建物敷地所有者である同女の住所が「四倉町字志津一四一番地の二一」となっていることとの関係を問うたところ、住居表示が変更になって「字志津」が「字六丁目」になったもので、その教示された居住地が右登記簿上の住所とも一致したことから、」を、それぞれ加える。

3  同七枚目裏一〇行目の「事実を含むものであって」を「事実を含むばかりでなく、鈴木と本件建物敷地所有者である新妻とが姉弟の関係にあるということであれば、賃貸借契約書が作成されないこともあり得ようし、右賃料不払程度で解除ということも少ないと考えられないではないから、」を加える。

4  同八枚目表一行目の「応じて、」の次に「不動産登記簿上の住所とも一致した」を加える。

5  同一〇枚目表六行目の「建物」から七行目の「聴取のみ」までを「敷地所有者から事情聴取するまでもなく建物所有者からの事情聴取等」と改める。

6  同一〇枚目裏末行の「にもかかわらず」から一一枚目表八行目までを「。確かに、新妻は鈴木の姉であり、しかも鈴木方の裏に居住しているという関係にはあるが、前記(三2(二))のとおり、一般に建物が競売に付されるという局面においては、いろいろな思惑から虚偽の陳述がなされることも少なくないものと懸念されるところ、本件の場合も契約書がない点などから賃料が定められていてもそれは名目だけで実態は使用貸借ということもあり得ることであるし、賃料不払の点も七か月も不払ということになれば一般的には解除に発展し得る事態であるだけに、未だ敷地所有者の陳述を聴取するまでもないほどに鈴木らの陳述に信用性があるということはできず、したがって、右鈴木らからの事情聴取等だけでは合理的な疑いを抱かせないほどに事実関係が明らかになったとみることはできない。」と改める。

7  同一一枚目表一〇行目の「1の冒頭に掲記した各証拠」を「1(二)認定の事実」と改め、同末行の「住宅地図」の次に「や電話帳」を加える。

8  同一二枚目表一〇行目の「付言するに、」の次に「甲第八、第九号証によれば、本件のように建物所有者とその敷地所有者とが異なる場合敷地所有者からも事情聴取することが執行官実務においても原則的手法として通常行われていることが認められるところ、」を加える。

9  同一九枚目表一〇行目から末行の「主張する。そして、」を「主張するところ、不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分については、その処分が関係人間の実体的権利関係に適合しない場合において、右処分により自己の権利を害される者が、強制執行法上の手続による救済を求めることを怠り、このために損害を被ったときは、執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合でない限り、その賠償を国に対して請求することはできないと解されている(最高裁昭和五七年二月二三日判決民集三六巻二号一五四頁参照)が、この理は執行裁判所の補助機関としての執行官の行為により損害を被った者がある場合についても妥当するものと解される。しかるところ、」と改める。

10 同一九枚目裏三行目の「しかしながら、」から同二〇枚目表四行目の「ものであって」までを「そこで、進んで右「執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情」があるかどうかについて判断するに、執行裁判所が売却許可決定をした後においては、執行裁判所はもはや物件明細書や最低売却価額の誤りを自ら是正することはできないから、右以降においては執行官も現況調査の誤りを是正する余地はないが、それ以前において、例えば買受申出後であれば、執行裁判所は物件明細書の作成や最低売却価額の決定に重大な誤りがある限り(本件のように建物について敷地利用権がないのにある旨記載された物件明細書の作成、敷地利用権がないのにあるものとしてなされた建物の不動産評価額に基づく最低売却価額の決定にはいずれも重大な誤りがあるものと解される)売却不許可決定をして右誤りを是正することが可能であり(民事執行法七一条参照)、右買受後であれば、売却実施命令を職権で取り消すなどして同様に是正することが可能であるから、執行官もその間は執行裁判所に対し自ら現況調査の是正を上申し、物件明細書等の是正を促して事実上買受人等が損害を被る事態を回避することが可能である。しかるところ、本件において、西舘執行官が本件建物に敷地利用権がないことを知らなかったことは既に説示のとおりであるが、このように現況調査の結果が実体的権利関係に適合していないことを知らなかった場合でも、それが執行官の過失に基づく場合、すなわち執行官の職務上の義務(国家賠償法上の義務)違背によるものであって、その違法が明白かつ重大である場合には、前記説示の特別の事情があるものと解するのが相当であるところ、前記2のとおり、建物の敷地利用権があるか否かは、もしそれがなければ当該建物は存在基盤を欠くことになり、買受人の利害に影響するところ大であるし、建物の評価等についても決定的な影響を及ぼすものであって、場合によっては競売手続の進行自体も不可能となり得る重要な事項である。しかも、本件においては、執行官が現況調査の際に敷地所有者に対しても事実確認をするという実務の通常の運用であり、西舘執行官自身も通常は行っていた原則的手法を実施していれば、虚偽であることを容易に見抜くことができたにもかかわらず、これを怠り、債務者である建物所有者の陳述を安易に信用し、本件建物は借地権付きであるとの誤った結論を導き、それを前提にして手続が続行されたわけであるから、ことは重大であるとともに、その違法性も明白であるといわざるを得ない。

そうすると、本件は、執行官自ら本件現況調査の誤りを是正すべき場合であったと認められるのであって、「執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情」がある場合に該当するものというべきであるから」と改める。

11 ところで、控訴人は、執行官が個々の事件の現況調査に当たって具体的にどのような調査の方法、手段により、どの程度までの資料を収集すべきかということは具体的事案に応じた執行官の合理的判断に委ねられていると解すべきところ、本件現況調査においてはその裁量の範囲を超えるものとは認められないから違法ではないと主張する。

確かに、執行手続においては迅速な処理が要請されているので、現況調査においても同様であるというべきであるし、現況調査のため執行官の調査権限が強化されているとはいえ、当事者等関係者の協力が得られるとは限られないなど各種の制約が存在するのであるから、その現況調査の手段方法、程度等については、これを調査する執行官の裁量に委ねなければ適正かつ効率的な調査は期し難いところである。したがって、控訴人主張のとおり、具体的事案に応じ、そのとるべき調査の手段方法、程度等は、執行官の合理的裁量に委ねられているものと解すべきであり、執行官においてその裁量を著しく誤ったときにはじめて違法の問題が生じるに過ぎないものというべきである。

しかしながら、現況調査において、執行官は、対象物件の占有関係、権利関係等を可能な限り正確に把握して、これを執行裁判所に報告すべき職務上の義務を負う者である。したがって、本件のように、競売の目的物件が建物である場合において、建物所有者とその敷地所有者が異なるときは、当該建物が敷地利用権を有するか否かがその最低売却価額を決定する場合などにおいて極めて重要な意義を有するのであるから、可能な限り正確にその権利関係等を把握するというためには、原判決も説示のとおり(八枚目表九行目から九枚目裏九行目の「できる。」まで)、建物所有者と敷地所有者の双方から事情を聴取することをこの場合の原則的手法とすべきであり、執行官実務においてもそれが通常の運用とされているのである。したがって、敷地所有者から事情聴取するまでもなく建物所有者からの事情聴取等によっても合理的な疑問を抱かせないほどに事実関係が明らかになったとか、敷地所有者からの事情聴取が著しく困難であるなどの合理的根拠がない限り、敷地所有者からの事情聴取を省略することは、前記説示の合理的裁量の範囲を逸脱し、前記職務上の義務に違背するものとして、国家賠償法上も違法と評価すべきである。

しかるに、本件においては、敷地所有者からの事情聴取を省略する合理的根拠となり得べき敷地所有者からの事情聴取が著しく困難であるなどの前記特別の事情の認め難いことは原判決説示のとおりであり、結局のところ控訴人の前記主張は採用できない。

なお控訴人は、現況調査においては売主である債務者に面接して事情聴取することが特に重要であって、その結果その説明の内容に格別疑うべき事情がなければ、敷地利用権に関する調査としては十分であるなどと主張するけれども、その理由のないことは既に説示したところから明らかなところであり、また債務者である鈴木の陳述に敷地所有者からの事情聴取を省略するだけの信用性が認め難いことも既に説示したとおりであって、右主張は採用できない。

12  次に控訴人は、被控訴人の受けた損害は強制競売事件の買受人たる被控訴人が買受建物の敷地利用権の有無を調査確認すべき義務を尽くさなかったことに基づくものであるから、西舘執行官の行為と被控訴人の受けた損害との間に因果関係はないと主張するけれども、被控訴人は原判決も説示のとおり、競売物件である本件建物に、実際は敷地利用権がないのに借地権付きの建物であるとの西舘執行官作成の現況調査報告書、及びこれに基づいて執行裁判所が作成した同旨の記載の物件明細書等を信じて本件建物を競落し、結局その敷地所有者である新妻に対して本件建物を収去して土地を明け渡さざるを得ない事態となって損害を被ったものであって、西舘執行官の行為と被控訴人の受けた損害との間に因果関係が存することは否定し難いというべきであり、控訴人の指摘する被控訴人の義務懈怠は、被控訴人の過失として過失相殺により斟酌すれば足りるものというべきであるから、控訴人の右主張も採用できない。

よって、本件控訴は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)

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